私は何度も間違える。
朝目覚めた時、まず天井を仰ぐ。
時計を確認する前に、今日が失敗するかどうかを測る。理由は無い。ただ胸の奥に薄い膜のような重さがある。
これから数年、あるいは一生かもしれないが、苦悩が続く気がしている。
嵐の前の静けさのような虚無と、その底で、説明できないわずかなざわつきがある。
「何かが違う」
長年、心の奥に封じ込めてきた違和感が、ようやく輪郭を持ちはじめている。
思考の歪み。視線の癖。無意識の逃げ道。
それは思想というより、癖に近い。
会話の途中で、相手の目を見続けられない。視線を外す場所がいつも決まっている。考えが行き詰まると無意識に席を立つ。
逃げ道を、先に体が知っている。
思考の歪み、それは考え方そのものよりも、
考えずに済ませるための動きに現れる。
この先、何度も巻き上げられるだろう。
足元を失い、地面に打ちつけられる感覚を、繰り返し味わう気がしている。自分を殴り、動けなくなり、時間だけが過ぎていく日もあるはずだ。
今はまだ、たぶん無理だ。
私はこれからも誤り続ける。
すでに誤っている。
それを訂正する方法を、私は知らない。
正解がどこにも見当たらないからではない。
正解という言葉自体を、私は最初から信用していない。
自分の感覚や手触りでしか、世界を信じることができない。他人の言葉を受け取ったふりをして、後で必ず距離を取る。
言葉に触れすぎると、思考は簡単に形を変えてしまう。だから、本は読まない。
ただ、どこかが歪んでいる。
少なくとも、そう感じている。