二月が来た。
私は夏用のサンダルで緩やかな坂を下っている。
哀愁漂う見慣れた家は跡形もなく壊されている。
毎朝六時に今にも崩落しそうなベランダで煙草を吸っていた男はもう居ない。
怪訝そうな表情を浮かべる野良猫は、私に心を開いたきり、姿を消した。
出来事はいつも少し遅れて届く。
その最中、私は音の抜けた場所にいる。
保育園児がシャボン玉を四方八方に投げている。
虹色の膜は、西日に透ける。
施設の老人たちはそれを微笑みながら見つめ、車椅子を動かす手を止める。
「また気がついてしまった」
私は至って冷静だ。
深く息を吸う。
肺に酸素が入り切らない。
薄い生が交差している。